2009年12月30日
◆2009年、診療終了
本日、2009年の形成外科KCの診療が終了しました。
今年も、あっという間に1年が経ったというのが、正直な実感ですが、1日、1日で振り返ると、いろんな意味で昨年よりも何倍も深く、重みのある日々の連続だったとも感じます。開院3年目に入り、私やマネジャー、スタッフはもちろん、トータルとしてクリニック自体も、成長し、進むべき方向が見えてきたように思います。
終礼の際に、スタッフ各人に1年を振り返って一言、話してもらいました。内容は異なっていても、日々の仕事への手応え、やりがい、生きがい、目標が具体的に述べられて、院長としてうれしく思うと共に、皆が『プロフェッショナル』に近づきつつあると確信しました。
ちなみに、私は年初に掲げた個人的目標=『信じる』が、どれだけ実践できたか、総括しました。1年を通して自分自身を信じ、スタッフを信じ、クリニックの未来を信じ、日々行動できたか。今年ラストの1週間は、加速度的に忙しさが増し、体力的・精神的にも辛い状態でしたが何とかゴールインし、皆の前で胸を張って話しました。今年の私自身の目標は達成できたと。
来年の目標は思案中です。基本は『ヒヤヒヤドキドキ』の日々から『ワクワクドキドキ』の日々へ、です。
今年、一番の思い出、Lake Las Vegasの朝焼け ( Photographed by Ken Arashiro M.D.)

今年も、あっという間に1年が経ったというのが、正直な実感ですが、1日、1日で振り返ると、いろんな意味で昨年よりも何倍も深く、重みのある日々の連続だったとも感じます。開院3年目に入り、私やマネジャー、スタッフはもちろん、トータルとしてクリニック自体も、成長し、進むべき方向が見えてきたように思います。
終礼の際に、スタッフ各人に1年を振り返って一言、話してもらいました。内容は異なっていても、日々の仕事への手応え、やりがい、生きがい、目標が具体的に述べられて、院長としてうれしく思うと共に、皆が『プロフェッショナル』に近づきつつあると確信しました。
ちなみに、私は年初に掲げた個人的目標=『信じる』が、どれだけ実践できたか、総括しました。1年を通して自分自身を信じ、スタッフを信じ、クリニックの未来を信じ、日々行動できたか。今年ラストの1週間は、加速度的に忙しさが増し、体力的・精神的にも辛い状態でしたが何とかゴールインし、皆の前で胸を張って話しました。今年の私自身の目標は達成できたと。
来年の目標は思案中です。基本は『ヒヤヒヤドキドキ』の日々から『ワクワクドキドキ』の日々へ、です。
今年、一番の思い出、Lake Las Vegasの朝焼け ( Photographed by Ken Arashiro M.D.)

2009年12月27日
◆レメディーの威力
ホメオパシー(homeopathy)という言葉をご存じですか。代替医療の一種で、同種療法・同毒療法・同病療法などと訳されます。西洋医学が、発熱したら解熱薬、痛みが出たら鎮痛薬などのように、いわゆる対症療法が主体なのに対して、ホメオパシーでは、逆に、もし健康な人間に与えたら似た症状をひき起こす物質をごく微量与えることで、患者の症状を軽減または治癒させようという考えです。例えば、解熱を促す場合には、健康な人間に与えたら体温を上げる物質を少量、患者に与えることによって、短時間は発熱が増悪しても、すぐに解熱に向かうのを期待しているわけです。
多くの地域で医療の一環として行われている一方、科学的根拠の欠落を指摘する識者が多いのが実情です。私も西洋医学の教育を受け、外科医として育ってきたこともあり、ホメオパシーの言葉は聞いたことがあっても、代替医療、民間医療の一種と言うだけで、ホメオパシーの中味を知ろうともしませんでした。開業後に、いわゆるイボ(医学的には尋常性疣贅と呼ぶウイルスによる皮膚病変)の治療で手こずっているときに、知人からレメディーの使用をすすめられました。レメディーとはホメオパシーで使用する丸薬のことです。イボが多発していて、液体窒素による凍結治療やレーザー焼灼、さらには外科的切除などを拒否した患者さんに使ってみました。
未だ多くの経験はありませんが、中には驚くような結果を見せた方もいます。
『押してもだめなら引いてみな』ではありませんが、人間の身体は、真っ向勝負だけではコントロールできないと、つくづく感じました。
何度も痛みの伴う治療を受けて改善せず、むしろ悪化して来たため来院されました。
通算6ヶ月間に渡り辛抱強く飲み続け、結果はまさに、信じる者こそ救われる、でした。
手指、上が内服前、内服後10ヶ月


同じ方の足です。上が内服前、内服後10ヶ月

多くの地域で医療の一環として行われている一方、科学的根拠の欠落を指摘する識者が多いのが実情です。私も西洋医学の教育を受け、外科医として育ってきたこともあり、ホメオパシーの言葉は聞いたことがあっても、代替医療、民間医療の一種と言うだけで、ホメオパシーの中味を知ろうともしませんでした。開業後に、いわゆるイボ(医学的には尋常性疣贅と呼ぶウイルスによる皮膚病変)の治療で手こずっているときに、知人からレメディーの使用をすすめられました。レメディーとはホメオパシーで使用する丸薬のことです。イボが多発していて、液体窒素による凍結治療やレーザー焼灼、さらには外科的切除などを拒否した患者さんに使ってみました。
未だ多くの経験はありませんが、中には驚くような結果を見せた方もいます。
『押してもだめなら引いてみな』ではありませんが、人間の身体は、真っ向勝負だけではコントロールできないと、つくづく感じました。
何度も痛みの伴う治療を受けて改善せず、むしろ悪化して来たため来院されました。
通算6ヶ月間に渡り辛抱強く飲み続け、結果はまさに、信じる者こそ救われる、でした。
手指、上が内服前、内服後10ヶ月
同じ方の足です。上が内服前、内服後10ヶ月
2009年12月26日
2009年12月24日
◆My cap
10年前から手術時にはmy capを着用しています。米国での美容外科シンポジウムに参加した際に、試着した手術用のcapがとても心地よく、まず2枚購入しました。それまで、使っていた帽子は使い捨ての薄い紙製で、汗は全く吸収せず、おまけに肌触りも不快でした。購入したcapは木綿製で、内張にもタオル生地が使われていて吸水性はもちろん、肌触りも快適です。おまけに生地のデザインが豊富で、自分の趣味や好きな動・植物、地域ごとの柄が選べて、見た目も楽しめるのです。
最初にcapを購入したお店は、年配のご夫婦が経営しており、capは奥さんの手作りでした。その後も、オンラインで7枚購入しましたが、残念ながら、ある時期から連絡が取れなくなりました。
今は、手持ちのcapから型紙を取り、洋裁を営む知人に作ってもらっています。
10年間使用し続けている最初の2 capは、さすがに縁のほころびが目立ってきましたが、今でも一番のお気に入りです。
今日は、職員が作ってくれたクリスマスバージョンのcapをかぶって診療しました。年に1回しか日の目を見ないcapですが、クリスマスのBGMとともに好評でした。
my capをかぶって手術用顕微鏡をのぞき込んでいるところです。

10年前から愛用しているハチ柄のmy capです。最初の2枚はいずれもハチ柄でした。なぜでしょう、"Busy like a bee"とお店のおじさんが言っていました。
最初にcapを購入したお店は、年配のご夫婦が経営しており、capは奥さんの手作りでした。その後も、オンラインで7枚購入しましたが、残念ながら、ある時期から連絡が取れなくなりました。
今は、手持ちのcapから型紙を取り、洋裁を営む知人に作ってもらっています。
10年間使用し続けている最初の2 capは、さすがに縁のほころびが目立ってきましたが、今でも一番のお気に入りです。
今日は、職員が作ってくれたクリスマスバージョンのcapをかぶって診療しました。年に1回しか日の目を見ないcapですが、クリスマスのBGMとともに好評でした。
my capをかぶって手術用顕微鏡をのぞき込んでいるところです。

10年前から愛用しているハチ柄のmy capです。最初の2枚はいずれもハチ柄でした。なぜでしょう、"Busy like a bee"とお店のおじさんが言っていました。
2009年12月23日
◆世界の美容外科医1
美容外科の中でも最も難しい手術の1つかRhinoplasty(鼻形成術)です。
その鼻形成術の分野で、世界的に最も著名な外科医のひとりが、Dr. Jack H. Sheenです。現在、鼻形成術に用いられるテクニックの多くが、彼の考案した方法が基礎になっていると言われているほどです。2003年の米国美容外科学会でお会いしましたが、とても温厚な方でした。講演も数多くの経験に基づいた報告でしたが、自己主張を抑えた謙虚なお話しで、会員からの人望が厚いことが十分うなずける内容でした。
Dr. Jack H. Sheenとともに

下の写真、左は外傷性あん鼻の術前、右は頭蓋骨移植による鼻形成術後1年の状態です。
その鼻形成術の分野で、世界的に最も著名な外科医のひとりが、Dr. Jack H. Sheenです。現在、鼻形成術に用いられるテクニックの多くが、彼の考案した方法が基礎になっていると言われているほどです。2003年の米国美容外科学会でお会いしましたが、とても温厚な方でした。講演も数多くの経験に基づいた報告でしたが、自己主張を抑えた謙虚なお話しで、会員からの人望が厚いことが十分うなずける内容でした。
Dr. Jack H. Sheenとともに
下の写真、左は外傷性あん鼻の術前、右は頭蓋骨移植による鼻形成術後1年の状態です。
タグ :鼻形成術rhinoplasty
2009年12月22日
◆Poster child
Tummy tuck手術(腹壁形成術:下腹部の余分な皮膚と皮下脂肪を切除して腹壁の形を整える手術)を4ヶ月前に行った外国人女性が来院しました。同時に背部の脂肪吸引も行ったので、準備と体位変換を含めて手術時間が計6時間を要しました。術後、ご主人に抱えられながら帰宅したのが、つい数日前のように蘇ってきました。
久々の診察でしたが、術後の腫れも取れて、とても綺麗に仕上がっていました。私が、感嘆の声をあげると彼女の口から出た言葉が「Poster child」でした。その意味を丁寧に説明してくれましたが、要は結果に満足されて「Poster child=広告塔」になってあげると言ってくれたのです。
その彼女が、手術直前の心境をたとえて言った言葉が「Guinea pig」でした。「Guinea pig」とは、医学や生物学の実験によく使われる小動物であるモルモットのことです。つまり、彼女は、逃げも隠れもできない実験台の上のモルモットと同じ気持ちよと伝えたかったのです。
生きた英語を勉強させてもらいながらも、ユーモアや機知に富んだ問い掛けに、対等に返答ができない余裕のなさと不勉強を感じつつ、日々、診療に当たっています。
久々の診察でしたが、術後の腫れも取れて、とても綺麗に仕上がっていました。私が、感嘆の声をあげると彼女の口から出た言葉が「Poster child」でした。その意味を丁寧に説明してくれましたが、要は結果に満足されて「Poster child=広告塔」になってあげると言ってくれたのです。
その彼女が、手術直前の心境をたとえて言った言葉が「Guinea pig」でした。「Guinea pig」とは、医学や生物学の実験によく使われる小動物であるモルモットのことです。つまり、彼女は、逃げも隠れもできない実験台の上のモルモットと同じ気持ちよと伝えたかったのです。
生きた英語を勉強させてもらいながらも、ユーモアや機知に富んだ問い掛けに、対等に返答ができない余裕のなさと不勉強を感じつつ、日々、診療に当たっています。
2009年12月21日
◆ケロイドと肥厚性瘢痕
一般的には、ケガや手術後のキズ跡が赤く盛り上がった状態を、すべて『ケロイド』と呼んでいるように思いますが、医学的には、キズ跡の線維成分が過剰に増殖した状態で、ケロイドまたは肥厚性瘢痕と区別して呼びます。両者の区別は、治療法を決める上で大切ですが、実際はきっちり線引きできない場合も少なくありません。両者の特徴を簡単に言うと、ケロイドは盛り上がりや硬さ、赤みなどが何年も持続し、元々のキズの範囲を越えて大きくなりますが、肥厚性瘢痕は、多くの場合時間とともに落ち着き、元々のキズの範囲を越えて大きくなることはありません。
ケロイドと肥厚性瘢痕の詳しい解説は日本形成外科学会のホームページもご覧下さい。
下の写真(クリックすると大きくなります)は、心臓手術の5年後のキズです。大きく赤く盛り上がっていますが、元々のキズの範囲を越えていないので、肥厚性瘢痕と診断しました。

下の写真(クリックすると大きくなります)は、ニキビ跡のキズです。元々のキズの範囲を越えて、大きく赤く盛り上がり、何年も持続し拡大しつつあるので、ケロイドと診断しました。

ケロイドと肥厚性瘢痕の治療(日本形成外科学会のホームページより一部抜粋)
保存的治療と手術的治療に分けられます。
保存的治療としては、以下の方法があります。
A.外用療法
ステロイド剤の入ったテープや、ステロイド剤軟膏を使用します。
保湿を目的として、水分不透過性絆創膏を貼ります。
B.局所注射療法
ステロイド剤をケロイドに直接注射する方法です。
C.内服療法
抗アレルギー剤は、かゆみなどの症状には効果が認められることがあります。
D.圧迫療法
患部の安静を保ち圧迫する方法があります。テープ固定やシリコンシートによる圧迫などが行われます。
E.放射線療法
手術後早期からの電子線照射が有効とされます。
ケロイドと肥厚性瘢痕の治療は、まず保存的療法が優先されます。手術を行っても保存的治療を術後早期から行う必要があります。特に、ケロイドの場合には、安易に切除すると再発し、元のケロイドより大きくなってしまうこともあり、注意が必要です。
私のこれまでの経験から、耳のピアス後のケロイドや、かゆみや痛みの強い肥厚性瘢痕は術後にしっかりと前述の保存的治療、特に電子線照射を併用することを条件に、外科的治療も有効と考えています。
下の写真(クリックすると大きくなります)は、心臓手術の3年後のキズです。肥厚性瘢痕と診断しました。

切除と術後電子線照射の併用治療後2年の状態です。再発していません。

下の写真(クリックすると大きくなります)は、ピアス後のケロイドです。

切除と術後電子線照射の併用治療後1年の状態です。再発していません。
ケロイドと肥厚性瘢痕の詳しい解説は日本形成外科学会のホームページもご覧下さい。
下の写真(クリックすると大きくなります)は、心臓手術の5年後のキズです。大きく赤く盛り上がっていますが、元々のキズの範囲を越えていないので、肥厚性瘢痕と診断しました。

下の写真(クリックすると大きくなります)は、ニキビ跡のキズです。元々のキズの範囲を越えて、大きく赤く盛り上がり、何年も持続し拡大しつつあるので、ケロイドと診断しました。
ケロイドと肥厚性瘢痕の治療(日本形成外科学会のホームページより一部抜粋)
保存的治療と手術的治療に分けられます。
保存的治療としては、以下の方法があります。
A.外用療法
ステロイド剤の入ったテープや、ステロイド剤軟膏を使用します。
保湿を目的として、水分不透過性絆創膏を貼ります。
B.局所注射療法
ステロイド剤をケロイドに直接注射する方法です。
C.内服療法
抗アレルギー剤は、かゆみなどの症状には効果が認められることがあります。
D.圧迫療法
患部の安静を保ち圧迫する方法があります。テープ固定やシリコンシートによる圧迫などが行われます。
E.放射線療法
手術後早期からの電子線照射が有効とされます。
ケロイドと肥厚性瘢痕の治療は、まず保存的療法が優先されます。手術を行っても保存的治療を術後早期から行う必要があります。特に、ケロイドの場合には、安易に切除すると再発し、元のケロイドより大きくなってしまうこともあり、注意が必要です。
私のこれまでの経験から、耳のピアス後のケロイドや、かゆみや痛みの強い肥厚性瘢痕は術後にしっかりと前述の保存的治療、特に電子線照射を併用することを条件に、外科的治療も有効と考えています。
下の写真(クリックすると大きくなります)は、心臓手術の3年後のキズです。肥厚性瘢痕と診断しました。

切除と術後電子線照射の併用治療後2年の状態です。再発していません。

下の写真(クリックすると大きくなります)は、ピアス後のケロイドです。

切除と術後電子線照射の併用治療後1年の状態です。再発していません。
2009年12月19日
◆『形成外科手術の十戒』解説2
3歳、女児、先天性巨大色素性母斑(生まれつきの大きなアザ)
出生時より体幹と下肢を中心に広範囲の黒いアザを認めました。本疾患は、整容の面からはもちろん、また悪性化の率が高いため早期の治療が必要です。黒いアザの部分を切除して人工真皮を移植し、その2〜3週間後に頭部の皮膚を移植する手術を繰り返し行いました。多数回の手術が必要になりますが、その理由は病変自体が広範囲なのはもちろんのこと、移植する皮膚を頭皮からのみ採取しているからです。治療の経過中に、アザが広い範囲に存在していた右下肢が左下肢に比して極端に細いことに気づきました。手術の影響かと思いましたが、そうではありませんでした。原因は不明ですが、最初に撮影した写真でも、明らかな左右差の存在を確認できたのです。
(写真はサムネイルで表示します、拡大したい場合は写真をクリックして下さい。)
術後

術前

この症例から学んだ十戒は以下の点です。
十戒その3:記録は正確に、そしてこだわりの写真を撮る
身体外表の形態回復、改善が主な仕事である形成外科にとって、術前・術中・術後の画像記録は何にもまして重要です。患者さんへの術前・術後の説明は、もちろん、術前検討会や学会報告でも写真無しでは、どんなに多くの時間と言葉を要しても、相手に正確に、こちらの意図を伝えることはできません。また、写真で経過を振り返ることで、以前には気づかなかった問題点が見えてくることがありますし、いいアイデアが思い浮かぶこともあります。その意味で、こだわりを持って良い写真を撮ること、つまり、適切な背景のもと、撮影範囲、撮影角度や露出を含めて可能な限り一定の条件で撮ることが大切です。良い写真が撮れることは、良い形成外科医となるための条件と言っても過言ではありません。
出生時より体幹と下肢を中心に広範囲の黒いアザを認めました。本疾患は、整容の面からはもちろん、また悪性化の率が高いため早期の治療が必要です。黒いアザの部分を切除して人工真皮を移植し、その2〜3週間後に頭部の皮膚を移植する手術を繰り返し行いました。多数回の手術が必要になりますが、その理由は病変自体が広範囲なのはもちろんのこと、移植する皮膚を頭皮からのみ採取しているからです。治療の経過中に、アザが広い範囲に存在していた右下肢が左下肢に比して極端に細いことに気づきました。手術の影響かと思いましたが、そうではありませんでした。原因は不明ですが、最初に撮影した写真でも、明らかな左右差の存在を確認できたのです。
(写真はサムネイルで表示します、拡大したい場合は写真をクリックして下さい。)
術後

術前

この症例から学んだ十戒は以下の点です。
十戒その3:記録は正確に、そしてこだわりの写真を撮る
身体外表の形態回復、改善が主な仕事である形成外科にとって、術前・術中・術後の画像記録は何にもまして重要です。患者さんへの術前・術後の説明は、もちろん、術前検討会や学会報告でも写真無しでは、どんなに多くの時間と言葉を要しても、相手に正確に、こちらの意図を伝えることはできません。また、写真で経過を振り返ることで、以前には気づかなかった問題点が見えてくることがありますし、いいアイデアが思い浮かぶこともあります。その意味で、こだわりを持って良い写真を撮ること、つまり、適切な背景のもと、撮影範囲、撮影角度や露出を含めて可能な限り一定の条件で撮ることが大切です。良い写真が撮れることは、良い形成外科医となるための条件と言っても過言ではありません。
2009年12月18日
◆‘エンジェル・ハンド’
当院には現在5名のビューティー・セラピストがいます。仕事内容は、主に顔面はもとより身体全体のスキンケアに関わることです。簡潔に言えば、健康で若々しい肌を取り戻す、お手伝いをするわけです。そのためには、肌に関する深い知識と高い技術、施術能力が必要です。当院ではセラピストへの第一歩として、東京の講習会で、皮膚の解剖や生理、特に肌の光ダメージについて学び、どのようにすれば、光老化を予防し、改善することができるかを学んでもらうことにしています。知識と技術を評価する試験に合格して初めて、お客様の肌に触れることができます。クリニックで治療するわけですから、お悩み・ご要望に応え、結果のでる施術を提供しなければなりません。施術中は、身も心も満たされるよう心を込めてケアに当たります。
さて、外科医の技術に対する褒め言葉として‘ゴッド・ハンド’がありますが、ビューティー・セラピストに対する褒め言葉なら何と言えば良いでしょう。
当院のお客さんが、あるセラピストの施術を受け、ことのほか満足された際に発した言葉があります。それが‘エンジェル・ハンド’です。なんと心地よい響きでしょう、まさに天使に触れられるような感覚、満足感、セラピストに対してそれに勝る褒め言葉はないと思いました。
是非、当院へ ‘エンジェル・ハンド’の体験にいらしてください。
追伸:当院のビューティー・セラピスト第一号が、施術の試験を受けたあとに、試験管から褒められたことがあります。施術を受けた試験管が目を閉じていたにも関わらず、笑顔でケアしている様子が感じられてとても心地良かったということです。
さて、外科医の技術に対する褒め言葉として‘ゴッド・ハンド’がありますが、ビューティー・セラピストに対する褒め言葉なら何と言えば良いでしょう。
当院のお客さんが、あるセラピストの施術を受け、ことのほか満足された際に発した言葉があります。それが‘エンジェル・ハンド’です。なんと心地よい響きでしょう、まさに天使に触れられるような感覚、満足感、セラピストに対してそれに勝る褒め言葉はないと思いました。
是非、当院へ ‘エンジェル・ハンド’の体験にいらしてください。
追伸:当院のビューティー・セラピスト第一号が、施術の試験を受けたあとに、試験管から褒められたことがあります。施術を受けた試験管が目を閉じていたにも関わらず、笑顔でケアしている様子が感じられてとても心地良かったということです。
2009年12月16日
◆2009年12月15日の『えっ』X2
昨日、12月15日は私の誕生日でした。だからと言って、自分の半世紀を振り返ってとか、誕生日の決意とかを書くつもりはありません。
些細なことですが、『たまたま』あるいは『偶然』という言葉で表現するには物足りない、『えっ』と言うような出来事がふたつあったので紹介します。
いつものように診療中、午後3時を回ったころに最初の『えっ』が起きました。看護師のHさんから「雄○君から、誕生祝いのメールか何かありましたか?」と質問されました。雄○君とは、米国ミネソタの大学に通う、息子のことです。「今は、期末試験の最中だから、それどころではないと思うよ。」と答えて、1分も経ったか否かの時に、私の携帯が震えたのです(マナーモード中)。発信元をみると、なんと息子からの電話だったのです。時差15時間、現地は12月15日になったばかりの午前0時過ぎです。私の驚きを知る由もない息子は、淡々と祝いの言葉を言って、期末試験真っ只中のハードな我が身の状況を早口に話して来ました。さすがに患者さんを待たせて、長話をするわけにはいかないので、手短に励まして電話を切りました。看護師のHさんが、普段、息子のことを口にすることはほとんどありません。また、息子が電話をかけてくることもありません。この状況は、『Something Great』と言ってもいい、何らかの不思議な力が彼女を介して、『これから息子からの電話がありますよ』、と知らせたとしか思えないタイミングでした。日付が変わるのを待って、電話してくれた息子の心遣いを嬉しく思うと共に、予想もしない絶妙の『演出』と言う、大きなプレゼントをもらったように思いました。
それから30分もしないうちに、つぎの『えっ』が起きました。
県立病院に勤務していたとき治療したKさんが、3年ぶりに沖○良○島から来院しました。当日、当院には3名の看護師が勤務していましたが、たまたま、1ヶ月まえに入職したばかりの奄○大島出身の看護師Sさんが、Kさんの予診をとりました。そこで、話を聞くうち、何とKさんの息子さんと看護師Sさんは高校の同級生で、看護師Sさんの父親とKさんは旧知の仲で、Kさんのご主人が以前に奄○大島の病院に入院していたときに看護師Sさんが担当していたということが判明しました。なんという偶然でしょう。実は、悩みを聞いてほしいと言う、かなり落ち込んだ声のKさんから前日に電話があり、その結果、急遽来院することになったのです。お悩みを抱えて来院されたKさんでしたが『Something Great』の導き、状況設定、としか思えない出会いに、終始笑顔で診察を終え、帰宅されました。
診療を終えたあと、珍しく(笑)、妻から「今夜は好きなところに行って飲んでもいいよ。」と提案があり、ハー○ー○ューホテルの10階ラウンジに向かいました。他に来客もなく、タバコの煙もない快適な空間で、小雨の夜景を眺めながら飲むワインは最高でした。最後に、バーテンさんから誕生日プレゼントとしていただいたシャンパンを飲み干し、気持ちよく帰宅しました。その際、しらふでは私がまずとらない行動、妻の手を取り帰宅したことで、翌日とても喜んでくれました。
ふたつの『えっ』を経験した私はもちろん、妻にとっても忘れがたい12月15日になったようです。
些細なことですが、『たまたま』あるいは『偶然』という言葉で表現するには物足りない、『えっ』と言うような出来事がふたつあったので紹介します。
いつものように診療中、午後3時を回ったころに最初の『えっ』が起きました。看護師のHさんから「雄○君から、誕生祝いのメールか何かありましたか?」と質問されました。雄○君とは、米国ミネソタの大学に通う、息子のことです。「今は、期末試験の最中だから、それどころではないと思うよ。」と答えて、1分も経ったか否かの時に、私の携帯が震えたのです(マナーモード中)。発信元をみると、なんと息子からの電話だったのです。時差15時間、現地は12月15日になったばかりの午前0時過ぎです。私の驚きを知る由もない息子は、淡々と祝いの言葉を言って、期末試験真っ只中のハードな我が身の状況を早口に話して来ました。さすがに患者さんを待たせて、長話をするわけにはいかないので、手短に励まして電話を切りました。看護師のHさんが、普段、息子のことを口にすることはほとんどありません。また、息子が電話をかけてくることもありません。この状況は、『Something Great』と言ってもいい、何らかの不思議な力が彼女を介して、『これから息子からの電話がありますよ』、と知らせたとしか思えないタイミングでした。日付が変わるのを待って、電話してくれた息子の心遣いを嬉しく思うと共に、予想もしない絶妙の『演出』と言う、大きなプレゼントをもらったように思いました。
それから30分もしないうちに、つぎの『えっ』が起きました。
県立病院に勤務していたとき治療したKさんが、3年ぶりに沖○良○島から来院しました。当日、当院には3名の看護師が勤務していましたが、たまたま、1ヶ月まえに入職したばかりの奄○大島出身の看護師Sさんが、Kさんの予診をとりました。そこで、話を聞くうち、何とKさんの息子さんと看護師Sさんは高校の同級生で、看護師Sさんの父親とKさんは旧知の仲で、Kさんのご主人が以前に奄○大島の病院に入院していたときに看護師Sさんが担当していたということが判明しました。なんという偶然でしょう。実は、悩みを聞いてほしいと言う、かなり落ち込んだ声のKさんから前日に電話があり、その結果、急遽来院することになったのです。お悩みを抱えて来院されたKさんでしたが『Something Great』の導き、状況設定、としか思えない出会いに、終始笑顔で診察を終え、帰宅されました。
診療を終えたあと、珍しく(笑)、妻から「今夜は好きなところに行って飲んでもいいよ。」と提案があり、ハー○ー○ューホテルの10階ラウンジに向かいました。他に来客もなく、タバコの煙もない快適な空間で、小雨の夜景を眺めながら飲むワインは最高でした。最後に、バーテンさんから誕生日プレゼントとしていただいたシャンパンを飲み干し、気持ちよく帰宅しました。その際、しらふでは私がまずとらない行動、妻の手を取り帰宅したことで、翌日とても喜んでくれました。
ふたつの『えっ』を経験した私はもちろん、妻にとっても忘れがたい12月15日になったようです。
2009年12月14日
◆思い出のメロディ
先月のブログで『思い出の香り』と題して、記憶の一時点と、ある香りが強くリンクすることを書きました。一昨日、たまたまNHK BSの番組を見ていたときに、音楽・メロディも香りと同様、過去の出来事を鮮明によみがえらせる力があるのだと感じました。皆さんも同じような経験があるものと思います。
その番組で最後に流れた曲は、サザンオールスターズの『いとしのエリー』でした。その曲が発表されたのが、1979年(昭和54年)、私が丁度、大学1年生の時でした。大学入学と同時に野球部に入り夏休み毎に各地へ遠征しましたが、つらい練習を乗り越えて、皆で移動するのがとても楽しみでした。その年も先輩の車に乗り、香川県に向かう途中、カーステレオから何度も『いとしのエリー』が流れてきました。親しみやすくも洗練されたメロディにのせて、大人の恋を語るサザンの歌に、なぜか自分も大学生になったこと、大人に近づいていることを実感しました。
あと、ざっと思いつくままに、ある曲とその時のエピソードを列挙します。
ピンキーとキラーズ『恋の季節』:1968年、10歳時、本部町嘉津宇岳登山
映画メリーポピンズから『チムチムチェリー』:1977年、高校3年、文化祭
バーブラ・ストライサンド『メモリー』:1982年、大学4年、出会い
ベルリン『愛は吐息のように』:1986年、研修医2年目、苦難
将来、万一痴呆をわずらっても音楽と記憶のリンクは残っているのでしょうか。
その番組で最後に流れた曲は、サザンオールスターズの『いとしのエリー』でした。その曲が発表されたのが、1979年(昭和54年)、私が丁度、大学1年生の時でした。大学入学と同時に野球部に入り夏休み毎に各地へ遠征しましたが、つらい練習を乗り越えて、皆で移動するのがとても楽しみでした。その年も先輩の車に乗り、香川県に向かう途中、カーステレオから何度も『いとしのエリー』が流れてきました。親しみやすくも洗練されたメロディにのせて、大人の恋を語るサザンの歌に、なぜか自分も大学生になったこと、大人に近づいていることを実感しました。
あと、ざっと思いつくままに、ある曲とその時のエピソードを列挙します。
ピンキーとキラーズ『恋の季節』:1968年、10歳時、本部町嘉津宇岳登山
映画メリーポピンズから『チムチムチェリー』:1977年、高校3年、文化祭
バーブラ・ストライサンド『メモリー』:1982年、大学4年、出会い
ベルリン『愛は吐息のように』:1986年、研修医2年目、苦難
将来、万一痴呆をわずらっても音楽と記憶のリンクは残っているのでしょうか。
2009年12月12日
◆『形成外科手術の十戒』解説1
今日から随時、『形成外科手術の十戒』について、できるだけ実際の治療経過を見せながら解説していきたいと思います。説明には、専門用語を使用することになりますが、ご了承ください。
18歳、男性、交通事故による顔面のケガです。
顔面中央の大きな裂創を詳しく調べると、左上顎骨と眼窩の骨折、左内眼角靱帯断裂、左涙嚢断裂を認めました。骨折部を整復して、特殊な金属(チタン製)で固定し、切れた内眼角靱帯と涙道を再建しました。術後は、機能障害を残さずに治癒しました。
この症例から学んだ十戒は以下の2点です。
十戒その1: まず問題点をつかめ、そして術前マーキングをしっかりと
先入観なしに、まず患者さんの訴えを聞き、丁寧に診察すること、すると、問題点がはっきりしてきます。問題点はいくつも具体的に見つけることができるので、それに対して手術方法を考えていきます。外傷の患者さんでは、難しいのですが、それ以外の場合は実際に図を書いて手術方法をデザインしたり、身体の表面に直接マーキングして具体的に手術のイメージを組み立てていくこと、イメージトレーニングをすることが大切です。
十戒その2:手術を患者に合わせよ、そして段取りよく
不慣れなうちは、しばしば固定概念で手術方法を患者に無理強いしがちです。問題点を全部列挙して、どの順序で解決していくか、またどれとどれを組み合わせたほうがよいか、複数の方法をイメージしながら大体のアウトラインを決めます。そして、その患者さんに最も適切な方法を選択していきます。そうすることで段取りよく、手術行うことができます。ただ、実際には、手術中に、より適切な方法が見つかったときは、予定の方法を柔軟に修正していくことは、日常茶飯事です。
2009年12月11日
◆『形成外科手術の十戒』改訂版
昨日は『形成外科手術の十戒』の原版を紹介しましたが、余りに簡潔に表現されているため、形成外科医でも、真意を理解するのは容易ではありません。そこで、形成外科医としての20年余の経験に基づいて、私なりに追加・改訂して、より分かり易く、より実践的な表現にしました。2007年6月、県立病院を去るときに後輩の研修医、形成外科医に、『形成外科手術の十戒』改訂版として紹介しました。
以下が、その改訂版で、赤字は私が追加した部分です。
1. まず問題点をつかめ、そして術前マーキングをしっかりと
2. 手術を患者に合わせよ、そして段取りよく
3. 記録は正確に、そしてこだわりの写真を撮る
4. 現存する組織をもとの位置にもどせ、使える組織を見極める
5. そして生じた欠損をまず処置せよ、今できることは何か
6. 欠損は似た組織でおぎなえ、余裕をもって組織を確保する
7. あまった組織は最後まですてないこと、最後の砦を残す
8. 慣習のとりこになるな、発想のリセット
9. 明日できることは今日するな、今日できることは何か
10. Dressingは手術より大切、特にこどもは油断しない
この十戒は、すでにわたしの血となり肉となっており、日々刻々、これを実践しながら診療にあたっているのです。そしてこれからも永遠に、形成外科医の道しるべとなるであろう『十戒』を、今後のブログで、具体的に解説していきます。乞うご期待!
以下が、その改訂版で、赤字は私が追加した部分です。
1. まず問題点をつかめ、そして術前マーキングをしっかりと
2. 手術を患者に合わせよ、そして段取りよく
3. 記録は正確に、そしてこだわりの写真を撮る
4. 現存する組織をもとの位置にもどせ、使える組織を見極める
5. そして生じた欠損をまず処置せよ、今できることは何か
6. 欠損は似た組織でおぎなえ、余裕をもって組織を確保する
7. あまった組織は最後まですてないこと、最後の砦を残す
8. 慣習のとりこになるな、発想のリセット
9. 明日できることは今日するな、今日できることは何か
10. Dressingは手術より大切、特にこどもは油断しない
この十戒は、すでにわたしの血となり肉となっており、日々刻々、これを実践しながら診療にあたっているのです。そしてこれからも永遠に、形成外科医の道しるべとなるであろう『十戒』を、今後のブログで、具体的に解説していきます。乞うご期待!
2009年12月10日
◆『形成外科手術の十戒』序章
十戒とは、仏教語で沙弥(しゃみ:若い修行僧)・沙弥尼の守らなければならない10の戒め(戒律)を指します。また、旧約聖書で言えば出エジプト記にある、モーセがシナイ山でヤーウェ神から与えられた10か条の啓示を指します。
それでは『形成外科手術の十戒』とは、何を指すのでしょうか。私がその言葉を初めて目にしたのは、一般外科研修を終え、1988年に形成外科の研修を始めた頃でした。元々は口唇裂手術で有名な米国の形成外科医Dr D Ralph Millard Jrの言葉で、形成外科手術書の前書きに日本語訳が書かれていました。逆説的な表現が多く、その意味を十分理解することなく、月日が経っていました。
2004年4月、県立那覇病院形成外科開設を機に転勤が決まった際、形成外科医として過ごした県立中部病院での10年間を振り返り、外科医全員の前で講演する機会を得ました。その準備をしているうちに思い出した言葉が『形成外科手術の十戒』でした。経験した多くの症例を見直すうち、その『十戒』の深い意味を思うとともに、その10年間は、また、十戒を実践した10年間でもあったのだと気付きました。
以下に『形成外科手術の十戒』を提示します。簡潔な表現ですが、それぞれの意味は深いものがあります。
・まず問題点をつかめ
・患者に手術を合わせよ
・記録は正確に
・現存する組織をもとの位置に戻せ
・そして生じた欠損創をまず処理よ
・欠損部は似た組織を補え
・余った組織は最後まで捨てないこと
・慣習のとりこになるな
・明日できることは今日やるな
・dressing (包帯)は手術より大切
それでは『形成外科手術の十戒』とは、何を指すのでしょうか。私がその言葉を初めて目にしたのは、一般外科研修を終え、1988年に形成外科の研修を始めた頃でした。元々は口唇裂手術で有名な米国の形成外科医Dr D Ralph Millard Jrの言葉で、形成外科手術書の前書きに日本語訳が書かれていました。逆説的な表現が多く、その意味を十分理解することなく、月日が経っていました。
2004年4月、県立那覇病院形成外科開設を機に転勤が決まった際、形成外科医として過ごした県立中部病院での10年間を振り返り、外科医全員の前で講演する機会を得ました。その準備をしているうちに思い出した言葉が『形成外科手術の十戒』でした。経験した多くの症例を見直すうち、その『十戒』の深い意味を思うとともに、その10年間は、また、十戒を実践した10年間でもあったのだと気付きました。
以下に『形成外科手術の十戒』を提示します。簡潔な表現ですが、それぞれの意味は深いものがあります。
・まず問題点をつかめ
・患者に手術を合わせよ
・記録は正確に
・現存する組織をもとの位置に戻せ
・そして生じた欠損創をまず処理よ
・欠損部は似た組織を補え
・余った組織は最後まで捨てないこと
・慣習のとりこになるな
・明日できることは今日やるな
・dressing (包帯)は手術より大切
2009年12月09日
◆那覇市役所新築現場定点観察2
前回撮影時(2009/10/23)との大きな変化は、東側外壁を覆っていたツタが枯れたこと、中庭の噴水池が消失したこと、さらに建物を囲む足場枠組みができつつあることです。工事計画によると、このところの大きな作業は、内壁に使われていたアスベストの除去のようです。
間違い探しではありませんが、ほかにも微細な変化はあるかも知れません。と思いながら見比べていると、市役所とは関係ないところに大きな変化がありました。なんと、写真の右端上方にあったシートに囲まれた10階建ての沖配ビルが消えています。ゆいレール旭橋駅近くを通ると分かりますが、1ヶ月余であの大きなビルが解体されたのです。これを例にとると本格的な解体工事が始まると市役所が更地に変わるのは、1ヶ月もかからないかも知れません。
平成21年12月9日撮影
間違い探しではありませんが、ほかにも微細な変化はあるかも知れません。と思いながら見比べていると、市役所とは関係ないところに大きな変化がありました。なんと、写真の右端上方にあったシートに囲まれた10階建ての沖配ビルが消えています。ゆいレール旭橋駅近くを通ると分かりますが、1ヶ月余であの大きなビルが解体されたのです。これを例にとると本格的な解体工事が始まると市役所が更地に変わるのは、1ヶ月もかからないかも知れません。
平成21年12月9日撮影
2009年12月08日
◆Victoria's Secret
『Victoria's Secret』というブランドをご存じですか。アメリカのリテイルブランドで、婦人服・下着・美容用品を扱っている会社です。下着は、そのデザイン性、ファション性の良さから特に人気のブランドで、日本にも特約店があるようです。女性でも意外と知らない方も多いかも知れません。日本人男性でこのブランドを知っているとすれば、その方面の関係者か、よっぽど奥さん思い、あるいは彼女思いの男性でしょう。私自身は、その会社を知る由もありませんでしたが、来院した外国人女性が、同ブランドのことを話したことがきっかけで、その存在を知りました。その後、当院看護師HHさんもVictoria's Secretの愛用者であることが判明し、彼女からも情報を得て、診療上も有益な知識を得ることができました。
当院には、豊胸術を希望してこられる外国人の方も、少なくありません。診察の際に、彼女らはブラジャーのサイズで、たとえば、今は『36B』だけど『36DD』にしたい、などのように希望の大きさを表現してきます。当初は、女性下着に不案内で、日本と諸外国の規格が異なることも知りませんでした。Victoria's Secretを手がかりに、ブラジャーサイズの計り方、サイズ違いの意味、その機能性についても学びました。その結果、前述の細かな要望にも応えることができるようになり、手術の提案にも説得力が増して来ました。
ちなみに各国間のブラジャーの規格変換表は次の通りです。

当院には、豊胸術を希望してこられる外国人の方も、少なくありません。診察の際に、彼女らはブラジャーのサイズで、たとえば、今は『36B』だけど『36DD』にしたい、などのように希望の大きさを表現してきます。当初は、女性下着に不案内で、日本と諸外国の規格が異なることも知りませんでした。Victoria's Secretを手がかりに、ブラジャーサイズの計り方、サイズ違いの意味、その機能性についても学びました。その結果、前述の細かな要望にも応えることができるようになり、手術の提案にも説得力が増して来ました。
ちなみに各国間のブラジャーの規格変換表は次の通りです。

2009年12月07日
◆壁を越える
ドバイから帰国後、タイトなスケジュールのピークが今日でした。県立病院での乳房再建を数ヶ月前から予定していたのです。下腹部の皮膚と脂肪を栄養する細い血管を胸の血管に手術用顕微鏡でつなぎ、組織の血流を再開させて乳房を再建しました。形成外科の仲間の助けをかりて順調に手術を終えました。乳房を再建するわけですから、切り取られていない乳房にできるだけ同じ形になるよう仕上げるのが目標です。綺麗で対称的な形に再建するのは、彫刻に似ています。形成外科医としての技量、センスが問われる手術です。何度も皮弁の位置を変え、皮弁を削りながら、なおかつ血流にも気を付けながら形を整えていきます。終盤に、手術台を起こして座位に近い状態、つまり立った姿勢に近い状態にして乳房の仕上がりを評価します。最終的に、OKサインを出すのは私ではありません。介助についてくれた看護師さんが、仕上がりに納得してくれた段階で手術は終了します。
この手術の、技術的なポイントは、手術用顕微鏡を使って細い血管を手際よく、確実につなぐことです。16cmX43cmの大きな皮膚と脂肪が2mm前後の細い血管で生きているわけです。10-0ナイロンとよぶ太さが0.02mmの髪の毛よりもはるかに細い糸で縫い合わせるのです。少しでも縫い目に乱れが生じると、つまり血管の壁がキチッと合っていないと、つなぎ目で血栓と呼ばれる固まりができて、血管が詰まってしまうのです。ですから、ほんのすこしでも血管の縫い合わせに気がかりな部分があると、血管が詰まって手術が台無しになる確率が高くなります。血管を縫い合わせるときに、私自身は1針縫い終えるまで呼吸を止めて、集中力をピークに持って行きます。
話変わって、今年、3月に野球のワールドベースボールクラシックで不調だったイチロー選手が、最後の最後に決勝のヒットを打った後に話した言葉があります。バッターとして1つの『壁を越えた』という言葉です。彼をして、さらなる次元に到達した瞬間と言うことでしょうか。その会話を聞いて自分が形成外科医として、1つの『壁を越えた』経験を思い出しました。19年前、形成外科研修を始めて2年目に切断指の血管を初めてつないで指を生き返らせた時です。ほとんどの場合、切断された指の血管はダメージが大きく、メスで切ったような断面ではありません。しかも直径が1mm前後ですから、それを確実につなぐには、技術だけではなく、決してあきらめない忍耐と絶対に生き返らせるという決意・集中力が必要です。その時の顕微鏡下の血管のイメージは今でも残っています。これは『うまくいく』という確かな感触を掴んだのです。それ以来、手術中に多少の不測の事態が生じても冷静に対応できる自分に気づきました。
微小血管吻合あるいはマイクロサージャリーと呼ばれる技術、つまり細い血管をつなぐ技術は形成外科医の根幹をなすテクニックです。それを習得することで体中のあらゆる部分の組織を自由自在に移植することができます。さらにその中から学んだ、組織の優しい扱い方や丁寧な操作は、今、私が目標とするパーフェクトな美容外科に確実につながっています。
この手術の、技術的なポイントは、手術用顕微鏡を使って細い血管を手際よく、確実につなぐことです。16cmX43cmの大きな皮膚と脂肪が2mm前後の細い血管で生きているわけです。10-0ナイロンとよぶ太さが0.02mmの髪の毛よりもはるかに細い糸で縫い合わせるのです。少しでも縫い目に乱れが生じると、つまり血管の壁がキチッと合っていないと、つなぎ目で血栓と呼ばれる固まりができて、血管が詰まってしまうのです。ですから、ほんのすこしでも血管の縫い合わせに気がかりな部分があると、血管が詰まって手術が台無しになる確率が高くなります。血管を縫い合わせるときに、私自身は1針縫い終えるまで呼吸を止めて、集中力をピークに持って行きます。
話変わって、今年、3月に野球のワールドベースボールクラシックで不調だったイチロー選手が、最後の最後に決勝のヒットを打った後に話した言葉があります。バッターとして1つの『壁を越えた』という言葉です。彼をして、さらなる次元に到達した瞬間と言うことでしょうか。その会話を聞いて自分が形成外科医として、1つの『壁を越えた』経験を思い出しました。19年前、形成外科研修を始めて2年目に切断指の血管を初めてつないで指を生き返らせた時です。ほとんどの場合、切断された指の血管はダメージが大きく、メスで切ったような断面ではありません。しかも直径が1mm前後ですから、それを確実につなぐには、技術だけではなく、決してあきらめない忍耐と絶対に生き返らせるという決意・集中力が必要です。その時の顕微鏡下の血管のイメージは今でも残っています。これは『うまくいく』という確かな感触を掴んだのです。それ以来、手術中に多少の不測の事態が生じても冷静に対応できる自分に気づきました。
微小血管吻合あるいはマイクロサージャリーと呼ばれる技術、つまり細い血管をつなぐ技術は形成外科医の根幹をなすテクニックです。それを習得することで体中のあらゆる部分の組織を自由自在に移植することができます。さらにその中から学んだ、組織の優しい扱い方や丁寧な操作は、今、私が目標とするパーフェクトな美容外科に確実につながっています。
切断指、血管(動静脈)、神経、腱、骨をすべてつなぐ


1年後の状態、運動、知覚ともほぼ完全にもとの状態に戻っている


1年後の状態、運動、知覚ともほぼ完全にもとの状態に戻っている
2009年12月05日
◆ドバイの今3
今回のドバイ訪問で、また1つ世界一に出会いました。それは、『ドバイ・ファウンテン』、つまり世界一の噴水です。その場所も、なんと世界一高いビル『ブルジュ・ドバイ』と世界最大のショッピングモールと言われる『ドバイ・モール』の間にあります。噴出す水のが高さ150m(ブルジュ・ドバイの高さの約5分の1)、噴水の長さは275mに達し世界最大とのことです。午後7時から9時の間に20分おきに約5分間の噴水ショーが、音楽と華麗なライトアップと共に繰り広げられます。毎回、違う音楽、パターンで見られますが、水しぶきを浴びながら見るショーは圧巻でした。
YouTubeで、その様子をご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=CYMCwojoOQM
http://www.youtube.com/watch?v=94XipD1hCdA&feature=related
砂漠の地で、どうして、これほどふんだんに水が使えるのか、不思議でした。以前に地元の方に聞いたときは近くに大きなオアシスがあり、そこから水を引いているのだと話していましたが、どうやら誤りのようです。ドバイで使用される水の8割は海水から脱塩法で得られる水とのことです。私が愛読しているブログ『ドバイ日和』に詳しく紹介されています。
YouTubeで、その様子をご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=CYMCwojoOQM
http://www.youtube.com/watch?v=94XipD1hCdA&feature=related
砂漠の地で、どうして、これほどふんだんに水が使えるのか、不思議でした。以前に地元の方に聞いたときは近くに大きなオアシスがあり、そこから水を引いているのだと話していましたが、どうやら誤りのようです。ドバイで使用される水の8割は海水から脱塩法で得られる水とのことです。私が愛読しているブログ『ドバイ日和』に詳しく紹介されています。
2009年12月03日
◆ドバイの今2
12月2日は、アラブ首長国連邦(UAE)の38回目の建国記念日で、National Dayと呼ばれ国民の休日でした。折しも直前に『ドバイ・ショック』が世界を駆け巡りましたが、街の至る所に国旗が翻り祝賀ムード一色で、経済のことは地元の新聞でも片隅に追いやられていました。
たまたま乗ったタクシー運転手は、UAEの7つの首長国は兄弟であり、ドバイを見捨てはしない、今回の『ドバイ・ショック』も、兄弟と一緒に乗り越えられると熱い口調で話していました。
だた、ドバイの現実を感じたのはある出会いがきっかけでした。ドバイの中央にはドバイ・クリークと呼ばれる大きな運河が流れ、そのほとりの大きな公園の中に全長2.3kmのケーブルカーがあります。建国記念日の当日は天気も良く、気温、湿度とも心地よく公園は多くの家族連れで賑わっていました。30分ほど並んで乗ったケーブルカーには、4名家族の英国人が一緒でした。1年半前からUAEに来ており、ご主人は技師としてホテルの建設に従事しているとのことでした。あと、6ヶ月はUAEに滞在する予定ながら、仕事はドバイではなくアブダビに移ったと話していました。単に街並みを見る限りは、活発に建築工事が続いているように見えますが、現場は明らかに昨年の金融危機前のドバイとは異なるようです。
ドバイ・クリークと公園内のケーブルカー(遠景の中に見えます)


来年1月オープン予定の世界一高いビル、ブルジュ・ドバイ(Burj Dubai)の夜景、近くで見るとその巨大さに圧倒されます。カメラでも対角線上でなければ全長は捉えられません。
たまたま乗ったタクシー運転手は、UAEの7つの首長国は兄弟であり、ドバイを見捨てはしない、今回の『ドバイ・ショック』も、兄弟と一緒に乗り越えられると熱い口調で話していました。
だた、ドバイの現実を感じたのはある出会いがきっかけでした。ドバイの中央にはドバイ・クリークと呼ばれる大きな運河が流れ、そのほとりの大きな公園の中に全長2.3kmのケーブルカーがあります。建国記念日の当日は天気も良く、気温、湿度とも心地よく公園は多くの家族連れで賑わっていました。30分ほど並んで乗ったケーブルカーには、4名家族の英国人が一緒でした。1年半前からUAEに来ており、ご主人は技師としてホテルの建設に従事しているとのことでした。あと、6ヶ月はUAEに滞在する予定ながら、仕事はドバイではなくアブダビに移ったと話していました。単に街並みを見る限りは、活発に建築工事が続いているように見えますが、現場は明らかに昨年の金融危機前のドバイとは異なるようです。
ドバイ・クリークと公園内のケーブルカー(遠景の中に見えます)
来年1月オープン予定の世界一高いビル、ブルジュ・ドバイ(Burj Dubai)の夜景、近くで見るとその巨大さに圧倒されます。カメラでも対角線上でなければ全長は捉えられません。
2009年12月01日
◆ドバイの今
7月のドバイとは比べものにならないくらい快適な外気の中でキーを叩いています。
『夢に向かって』、第2弾のドバイ訪問は2ヶ月前から計画していました。たまたま、ドバイ・ショックとUAE(アラブ首長国連邦)の建国記念日と重なり、同国の将来を見る上で願ってもない機会となりました。
関空発ドバイ行きエミレーツ航空EK317便は、ドバイへ向かう人とヨーロッパや中東諸国へ行く客で、相変わらず満席でした。正確な搭乗率は知りませんが、来年3月にはエミレーツ航空の成田発の直行便が、またアブダビの航空会社も日本に乗り入れるとのことですので、潜在的需要は高いものと考えられます。
車窓から見る限り、7月にはなかったモノレールが走り、相変わらず無数のクレーンがビルの上に載っかっているのをみると『ドバイ・ショック』が現実のこととは思えません。海外から天文学的な数字の投資を受け、現ドバイ首長国、国王にあたるムハンマド首長の強力なリーダーシップの元、数々のプロジェクトが進められてきました。石油資源の少ないドバイが、将来に渡って安定的に発展していくための、壮大な計画が現実のものとなりつつあるわけです。前回、訪問したときも10年足らずのうちに、砂漠の上にこれほどの人工物が作れるものかと驚嘆したものですが、未曾有の世界大不況の中、計画のほころびが露見しつつあるようです。ただ、今、この地にいると『夢』を抱き、それを達成するため突き進む人間の叡智と勇気とエネルギーに共感します。その意味で、紆余曲折を経ても、砂上の楼閣が崩れることがないよう願わずにはいられません。なお、ドバイの現状、詳細はこのブログをご覧下さい。
今回の目的の1つはアブダビ訪問でした。
UAEの中で、ドバイが活発な次男とすれば、アブダビは堅実な長男と表されます。ドバイとは異なり石油資源に恵まれ、慎重に着実に国作りを進めていると言うことだと思います。短時間の訪問ではありましたが、海岸沿いにきちんと剪定された街路樹が並び、街中の公園も整備され、思ったより洗練された街並みであった。ドバイの軌跡を良い意味でも悪い意味でも教訓にしながら『堅実』に発展していくのだろうと感じました。次回の訪問では、もう少し時間を取って人々の暮らしや医療事情を調べたいと考えています。
アブダビの風景1:シェイク・ザーイド・モスク: 2007年に竣工したばかりの巨大モスク

アブダビの風景2:エミレーツ・パレスの夜景: 7つ星ホテルで、ドバイのブルジュ・アル・アラブに対抗したアラビア様式の超豪華ホテル、建国記念日を祝ったレーザーイルミネーションが見える

アブダビの風景2:建国38周年を祝うイルミネーション
『夢に向かって』、第2弾のドバイ訪問は2ヶ月前から計画していました。たまたま、ドバイ・ショックとUAE(アラブ首長国連邦)の建国記念日と重なり、同国の将来を見る上で願ってもない機会となりました。
関空発ドバイ行きエミレーツ航空EK317便は、ドバイへ向かう人とヨーロッパや中東諸国へ行く客で、相変わらず満席でした。正確な搭乗率は知りませんが、来年3月にはエミレーツ航空の成田発の直行便が、またアブダビの航空会社も日本に乗り入れるとのことですので、潜在的需要は高いものと考えられます。
車窓から見る限り、7月にはなかったモノレールが走り、相変わらず無数のクレーンがビルの上に載っかっているのをみると『ドバイ・ショック』が現実のこととは思えません。海外から天文学的な数字の投資を受け、現ドバイ首長国、国王にあたるムハンマド首長の強力なリーダーシップの元、数々のプロジェクトが進められてきました。石油資源の少ないドバイが、将来に渡って安定的に発展していくための、壮大な計画が現実のものとなりつつあるわけです。前回、訪問したときも10年足らずのうちに、砂漠の上にこれほどの人工物が作れるものかと驚嘆したものですが、未曾有の世界大不況の中、計画のほころびが露見しつつあるようです。ただ、今、この地にいると『夢』を抱き、それを達成するため突き進む人間の叡智と勇気とエネルギーに共感します。その意味で、紆余曲折を経ても、砂上の楼閣が崩れることがないよう願わずにはいられません。なお、ドバイの現状、詳細はこのブログをご覧下さい。
今回の目的の1つはアブダビ訪問でした。
UAEの中で、ドバイが活発な次男とすれば、アブダビは堅実な長男と表されます。ドバイとは異なり石油資源に恵まれ、慎重に着実に国作りを進めていると言うことだと思います。短時間の訪問ではありましたが、海岸沿いにきちんと剪定された街路樹が並び、街中の公園も整備され、思ったより洗練された街並みであった。ドバイの軌跡を良い意味でも悪い意味でも教訓にしながら『堅実』に発展していくのだろうと感じました。次回の訪問では、もう少し時間を取って人々の暮らしや医療事情を調べたいと考えています。
アブダビの風景1:シェイク・ザーイド・モスク: 2007年に竣工したばかりの巨大モスク
アブダビの風景2:エミレーツ・パレスの夜景: 7つ星ホテルで、ドバイのブルジュ・アル・アラブに対抗したアラビア様式の超豪華ホテル、建国記念日を祝ったレーザーイルミネーションが見える
アブダビの風景2:建国38周年を祝うイルミネーション


